『アフガニスタンから世界を見る』を読む

今日読み終わった本は毎日新聞の春日孝之さんの『アフガニスタンから世界を見る』。

日本を含む西側諸国からは、バーミヤンの大仏破壊やビンラディンとの関係から『悪』というイメージしかないタリバン。
この本の前半では、アフガニスタンという「民族の十字路」の国が、大国のパワーゲームに巻き込まれた後に内戦状態になっていた中、タリバンがどんな考えのもとに生まれ、どのように全土の9割ほどまでを「制圧」していったか・・・大仏はどんな状況下で破壊されるに至ったか・・・などの話が、タリバン側からの視点で語られていて興味深いです。

結局タリバンが政権として国際社会に認められなかった背景はビンラディンとの関係。本の後半は9・11以後の状況。長くタリバンを支援していたパキスタン政府も、アメリカとの関係を優先させる形になってタリバンを見捨てます。もしビンラディンがアフガンに留まらず、穏健派がうまくタリバン政権の舵とりをしていたら・・・パキスタン政府のように、微妙な(姑息な?)舵とりをタリバンがしていたら・・・そんな可能性まで考えたくなります。

この本の視点もある意味で偏っています。でも、もし普段「善玉」「悪玉」的な物の見方をさせられるようなニュースばかりを見ているとしたら、反対側に偏った見方を入れることが、視点を「真ん中」に戻すことに役にたつわけで。

タリバンがいいとは思わない。でも、いろいろ紛争や内戦や圧政のある国を見ていると、歴史の流れは地域によって違うんだという当たり前のことを感じないではいられません。そこに「西洋・現代」的な秩序や善悪の判断を持ち込むことに違和感を感じるんです。たとえば・・・現代人が鎌倉時代に行って、平氏虐殺の罪で源頼朝を捕まえて断罪し、鎌倉幕府は悪だ!と言ってつぶしちゃうみたいな感じ。鎌倉幕府をつぶしても、一気に現代は来ないんだよ!!解決にならないんだよ!!という感じ(日本は複雑な多民族国家ではないので、上手い喩えにならないけど)。

だからって国際社会が何にもしなくていいのか。確かに。でも、何かするほど事態が悪くなることも多いような気がします。大体、介入する動機も仕方もご都合主義だし。

少し前の読売新聞に、パキスタンがアフガン難民のキャンプを閉鎖するという北川学さんの記事が載っていました。難民のキャンプが、タリバ(-)ンの「聖域」になっているというのが閉鎖の理由で、しかしキャンプを追われる人達は帰る場所もないし、治安の悪いアフガニスタンに帰りたいという気もなくて困っている。キャンプを閉鎖すれば、むしろテロリストは拡散するという意見もある。というレポートでした。この記事をきっかけにして、『アフガニスタンから世界を見る』を手にとったのですが。

現在、アフガニスタンも、イラクも、治安がひどく悪い状態。タリバンのアフガニスタンがいいとは言わないけど、フセインのイラクがいいとは言わないけど、「正義」が「悪」をやっつけて安定させようとした(?)結果がこの状態。まあもともと、「悪」の武器をたどっていくと「正義」の方から流れてたりするわけで。

同時多発テロで国家威信を傷つけられた米国。しかし「パキスタンやアフガンから見ると、米国は軍事的な世界戦略という面で、計り知れないメリットを受けたとの印象がある(p148)。」と、『アフガニスタンから世界を見る』の本文にあります。パキスタンに軍事プレゼンスを確保することは、中国へのけん制にもなるというのです。なるほどなあ。もちろんこの見方だって偏ってるのは百も承知ですが、なるほどなあ。たしかに「テロの対策」というのが魔法カードみたいになっている。

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この本はすごく面白いのですが、読みやすくはない印象がありました。元の知識が足りないとか忙しいとかのせいもありますが、厚い本でも難しくもないのに一週間くらい持っていました。話が行ったり来たり重複する印象があったり、本人が取材したものとそうでない聞き書きの部分がちょっとぼかすように書いてあったり。せめて年表がついていたらもっと読みやすいのに。

・・・って、これだけ話にまとまりがない私に言われたくないだろうなあ(笑)。

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「人道に対する罪」って何だ。

柄にもなく、突然ニュースネタです。

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フセイン元大統領に、死刑が執行されたそうです。「人道に対する罪」だそう。この人の下で多くの血が流されたことは間違いない。死刑にも値するんだろう。たぶん。

でもこの違和感。

「人道に対する罪」。

歴史的にも、現在も、勝てば官軍。

80年代の初頭、イランを湾岸の(石油利権の)最大の脅威だと思っていたアメリカが、軍事的にフセインのイラクを強大にした。フセインが軍隊をクゥエートに入れる前も、フセイン自身がアメリカに事前にリークして、GLASPIE大使から「クエートとの国境問題について我々に意見はない」と言われたので安心して入ったという話もあった。

第二次イラク戦争に至っては開戦理由の全てに根拠がなかった。

フセインを気の毒だと言ったら、言い過ぎだとは思う。でも。

フセインの政権の元で殺されたイラクの人の数と。第一次、第二次イラク戦争で死んだイラク人とアメリカ兵達の数と。

もちろん、命の重さは数の問題じゃない。でも、法的な罪の重さに数は関係あるはず。

「人道に対する罪」ね。

アメリカは死刑廃止の州がほとんど。どんな悪いことをした人間の命でも、大事にするんですよね。動物もすごく大切にするんですよね。すごい理想を持った、なんて文明的な国、政府だろう。

でも、米軍の人の命は別らしい。外国に住む外国人は・・・クジラ以下なのかな。広島、長崎の原爆も人道に対する罪だとは認めていないし。

利権の絡まない国では、どんな「人道に対する罪」が行われつづけていても怒らないみたいだし。

利権の絡む国は、「良く」しようと必死。その国の人や米兵が何人命を絶とうと、「良く」しようと動くアメリカ政府。まあ、自分(自国)の利権に従って動くのは自然なことなんだけど、この政府はそれを「正義」だと公言するから、胡散臭い(言っちゃった)。

世界にはいろいろな国があって、その国にはその国のいろいろな背景や文化などがある。「文明国」「先進国」からは遅れた悪い政治形態に見えても、その国固有の事情の中で、より「まし」な政治形態や統治方法を模索している場合だってあるんじゃないんだろうか(そうじゃない国もいっぱいあるけど)。日本みたいに、上が号令をかけるだけで、歴史をすっとばすみたいに一気に変われちゃう国がそんなに沢山あるはずがない。それなのに、武力で変えたがる。

・・・もとからアメリカと仲「良く」なりさえすればいいんだから、いいのか。他の国に住んでいる人のことはどうでも。本当のいい国にならなくても。

「人道に対する罪」。

なんて空虚な言葉だろう。

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今年最後のブログ、「クリスマスの約束」か「有頂天ホテル」にしたかったのですが、苦いエントリーになってしまってごめんなさい。アメリカの全てを嫌ってるわけではないんです。ただ、違和感を書きたかっただけで・・・。

お越しいただいた皆さん、よいお年を!

来年が皆さんにとって、よい一年となりますように!

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竹島問題で、ちょこっと考える

このブログではあんまり書かないことにしている方面の話題なのだけど、やっぱりどうしても言いたくなっちゃったのです。

今日、来日中の日本語ペラペラ韓国人の男の子(20代)と話す機会があって、拉致被害者「めぐみさん」の娘さんとお父さん(のお母さんとお姉さん)の「DNA鑑定」のことがちょっと話題になった。

「韓国でも、あのDNA鑑定で、拉致が結構話題になってるんでしょう?今まで、韓国では拉致のことってほとんど問題にならなかったって聞いてるけど。」と言ってみた。以前、韓国人マダムとその話が出たとき「韓国は(朝鮮)戦争の時に何万人単位で捕虜になってるから、拉致は数としては霞んじゃうし、隣で同じ民族だし、政府は刺激したくないんですから(←「~なんですからぁ~」は、彼女の口癖)」なんて言われたから。

すると彼は「ふっ」とクールに鼻で笑った(注:いやな性格の子ではありません)。

「今はね、拉致なんて誰も気にしてませんよ、竹島ですよ。dokto(独島)のことばっかりですよ(注:会話に「よ」が多いのは、ケンカをうっているのではなく韓国語の影響らしいです)。」・・・なるほど。

韓国人は100パーセント、とはいわないまでもたぶん99.8パーセントくらい「普通の人」は竹島を「韓国の領土だ!」と確信している。資料を使って(韓国に有利な解釈で)学校できっちりそう教えているから。

さて、このブログを読んでいる「普通の日本人」の皆さん。竹島は「日本の領土だ!」って確信していますか?その理由をちゃんと説明できますか?100パーセント、とは言わないまでもたぶん80パーセントくらいの人は「本当はどうなの?どうなってんの?」と思っているんじゃないかな。だって、政府もマスコミも「まともな情報」を何も流してないもんね。

ヤフーで見てみたら、この方のホームページの情報は、かなりまともな気がした。結論は「日本の領土だ」という論ですが、その前にまず、ちゃんと資料をたくさん用意している。でもこれ、政府でも学者でもジャーナリストでもない、個人の方のサイト。本来こういう仕事するべき方達(外務省?)は何してる?

国際的な判断の場にこの問題を出すことを拒否して、武力でまず占拠している韓国(政府)もいやだけど(この際感情論)、日本政府が何を考えているのか、日本人の私にもわからない。そもそも日本人に「竹島は日本の領土」っていう説明努力をしてるように見えない。それで韓国人を説得しようって・・・そりゃ無理ですよ。時々、政府とか役所(この場合外務省)は、よっぽど市井の日本人を馬鹿集団だと思って(何も説明もしないで)いるんだろうなーと「感心」することがあるけれど、これもまさにそう。

私としては冷静に、竹島の「複雑な」というより「いい加減だった」扱われかた(地図、文書、実際の扱い、どれも、まるでいい加減だったりしたわけで)・・を歴史軸で見ていると、どっちもどっちという気がしてきます。

でも「絶対韓国のものなのに日本は本当にひどい国です!」って確信している韓国人に、何にも言えない日本人が大多数っていうのも、なんだかなあ。せめて「どっちもどっちなんだよ。韓国の教えてることも資料を曲解してたりして、根拠が薄いんだよ」くらい、言い返せるように、個人の努力で勉強しましょうか。皆さん。ちなみに韓国人は日本人(私)からみると、個人レベルでは本当に話しやすく、付き合いやすく、愛すべき人が多い(逆はそう思ってないかも(泣笑))。だいたいお酒も強いし(←関係ない)。

さて、日本政府様。もし、全くやる気がないんでしたら、いっそ気持ちよくさしあげておしまいになってはいかがでしょう?(←これ、皮肉ですよ。わかります?)

何がなんだかわからないまま一方的に非難されたり、商売がやりにくい・・って思いをしている邦人がいっぱいいるんじゃないでしょうか。あげたくないなら、なぜ日本の領土なのか、まず日本人にちゃんと説明したらいががでしょうか。そうしたら日本人が無駄に気重にならず、韓国人(や他の外国人)と(少なくとも)冷静な議論ができるのにね(っていうか、ホント、竹島だけの問題じゃないよね)。はあっ。

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ホワイトバンドを見て舞の海とラッセルクロウを思う

吉祥寺の啓文堂書店で会計をしながらふと見ると、

レジのところにホワイトバンドがいっぱいあった。

「貧困で子供が死んでます。」

「意思表示をしよう。」

(でもネットの情報によると、日本のは全く寄付になってない)

という、例のあれ。手にとって、袋の中の説明をみたら、はじめから

寄付して役立てるようなことは一言も書いてない。なるほど。

確かに、それをきっかけに、世界の貧困を真剣に考える人が増えるなら

なんの寄付にもなってなくても、意味はあるかもしれないね・・・

子供の小学校でも、ホワイトバンドをしている人が沢山いるそうだ。

有名人とおそろいでおしゃれ。

誰も文句のつけようのない、立派な能書き。

でもなあ、と思って買わなかった。

私の好きな舞の海のホームページのプロフィールに

「受けて忘れず、施して語らず」という色紙の写真があるけれど、

それをモジッて言うと、ホワイトバンドは

「施さずに語る」みたいだし、自分は、はめたくない。

(普段からいろいろやっていて、ホワイトバンドで意思表示をしている人の

善意は疑わないし、ムーブメント自体には意義があるんだろうけど)

今月のテレビタロウに、あのハリウッドのお馬鹿スター・ラッセルクロウが

(注: 私は彼の信じられない馬鹿ぶりも、

俳優としての天才ぶりもひっくるめて、あきれながら好きなんだけど)

オーストラリアの自宅そばの小学生が海でおぼれたと聞いて、その

小学校にプールを作るための20万ドルを寄付したと書いてあった。

クロウは、セレブの「チャリティキャンペーン」を批判して

「人助けがしたいなら然るべきところに小切手を送ればいいだけの話」

と言っているそうだ。

「施して語っている」わけだが、感覚的にはわかりやすい。

もちろん普通の人に20万ドルなんて高額はとても出せないし、

それを貧しい国に送ればもっといいという人もいるかもしれないが、

身近な、実効力のあることをしているという点で、よほど具体的で人間的だ。

マザーテレサも同じようなことを言っていなかったっけ。

世界の貧しさとか、不幸とか、戦乱とかを見て、

また、以前、アフリカ救済の掛声で集まった巨額のお金が

本当に短期間にただ消費され、長期的には解決にはならなかったのを見ると、

個人ができることのなさに、ただ呆然とする。

グリーンマイルの死刑囚みたいに、ただ絶望する。

私は毎年末5000円ずつユニセフに寄付している。でも、それだって

大きい目でみたら、300円のホワイトバンドと同じくらい全く「無意味」だ。

自分が辛いから、少しでもいいことをしたような気持ちになりたいだけ。

体をはって何かをすることはできず、自分の幸せは守りたいから

少し節約すれば済むお金をだしているだけ。

家族以外には話したことがない。

「無意味」な自己欺瞞だとわかっているから。

金銭で解決できるのは、

政治的に安定した地域の人に対する、

目に見える支援の場合だけだ。

貧困国の問題はもっと政治的なことだ。だから、決して金銭だけでは解決しない。

いくら、ただお金を集めてもだめなんだよ。

これから社会に出る若い人が、

それがわかっていて、寄付にはならないホワイトバンドを買って腕にまき、

自分自身で何かしよう、という決意を示しているなら、

それはすごくいいことだと思う。

でも、私にそんな決意はできない。

キャンペーンをやってるNPOの活動が、

ユニセフ以上に信頼できると思うわけでもない。

だから私はホワイトバンドを買う気持ちにはなれない。

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