久々に洋書を2冊(+近況)

この冬は、義父の入院など「いろいろあっ」てバタバタしてまして、やっと更新。

高校受験の息子は、「本人としては」まあまあの内申をもらえ、都立も私立も最初から考えていたところを受けるばかりになっています。受験する都立高より見かけの偏差値は高い私立高から、ほぼ問題なく大丈夫といわれ、この期に及んで本人かなり気が緩んでいるようで心配。第一志望の都立の志望校、中学校長会の調べではとても倍率高いよー、息子!結局冬も塾へは行かず、全く塾に行かないままの受験になります(でも大丈夫でした!という例にしたいですけど、不安は不安)。

 年末年始、動きがとれない中で、久しぶりに洋書を2冊読みました。どちらも図書館で借りた娯楽もの。ジェフリー・ディーヴァーと、ダン・ブラウンの、まだ翻訳が出ていない本です。

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『カラマーゾフの兄弟』、そして『蜘蛛の糸』

この夏読んだ一番長い本が、ママ友に借りた、光文社の新訳『カラマーゾフの兄弟』でした。

「あれ読んだ?」

「え~目にはしたけど、本屋さんで5巻並んでるの見ると『ん・・・今はこれ読まなくていいな、内容重いし、暇ないし』って思っちゃって。」

「ねえ、でもね、あの新訳だとラクに読めちゃうのよ~、しかも面白いの!貸してあげるよ~。返すのは秋でいいよ~(笑)」

そこまで言われたら、お借りしなくちゃ。というわけで、読みました。

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押尾コータローさんのチケット待ちで重松清さんを読む。

 土曜日は、調布のグリーンホールに、10月13日の押尾コータローさんのアコースティックライブのチケットを買いに行きました。二年前は一時間半も前から並んで、すごく前の席を買ったんです。でも、その席は私にとっては近すぎて、かえって印象が散漫になってしまったような気が。近けりゃいいってもんじゃない(笑)。それで今回は、一時間前くらいに並んで(って、十分気合入ってますが)もうちょっと後ろめの見やすそうな席を買いました。久しぶりの押尾さん、楽しみです!happy02

 
前回も思ったことですが、調布グリーンホールのチケットの販売は、とってもスタッフの手際がいいしgood、公平です。15分前には声をかけてくれて、並び順に番号つきの整理券と申し込み用紙を配布。広めのテーブルで、あらかじめ申込書に書いておけるようにし、指示も的確。どの席が空いているかわかるPCのモニター三台で、好きな席を自分で選べる、気持ちのいいシステムです。スタッフの皆さんありがとうございます!sun

 
・・・さて、発売を待っている間に読んでいたのが重松清さんの『季節風 春 ツバメ記念日』という短編集。グリーンホールの前のブロックに腰掛けて読みながら、時間も場所も忘れ、一編読むごとに身につまされてうるうるしていました(これは単に歳なのかなあ)。

 
 短編作品のの主人公はいろいろ。子どもの時の雛人形を捨てなければならなくなった母。夢破れ、心も荒れて帰ってきた野球選手と、彼を迎える球児。都会に出る息子を、一見そっけなく送りだす親。本土のエゴで、ひどい扱いを受ける島と、その島を「捨てる」若者と残る若者。土のにおいのする母を疎ましく思う息子。人を巻き込んだ死に方で、誰にも同情もされない中年男の両親を訪ねるライター。一人でいることが板について人といる自信のない、不器用な中年男の恋。そして、私にとって、圧巻だったのが最後の「ツバメ記念日」。小さい子どもを持つ、働く妻と夫の話です。これは、家に帰ってから読みました(あそこで読まなくてよかった)。

 
 ついとってしまう情けない行動。他人を傷つけずにはいられないほど深い痛み。せつない言動。頑張ってもどうしようもない人生の挫折、怒り、気持ちとは裏腹の行動。その一人一人、ひとつひとつに、向けられている目線が優しい。優しいというよりは、その痛みを知っていて、忘れずにいて、自分の痛みとして感じる人でなければ書けない文だなと。


 設定は自分の人生と全然違っても、どの話もどこか「私の話」として読めるんです。こういうことある、こういう気持ち、知っているというように。これだけ「捨てる話」のない短編集もすごい。


 重松さんは、子どもの国語の教科書にのっていた『カレーライス』を読んだのが最初でした。その時も「(大人になると忘れてしまう)子どもの気持ちと、親の気持ちに同時に寄り添える作家さんだなあ」と感心したっけ。あと、どの本の何というタイトルの話だったか忘れたけど(爆)、息子を試合に出してやれない野球のコーチの話もすごく良かったなあ。

 と、ここまで書いて、注意を一つだけ。子ども向けにもすごくいい作品を書いていらっしゃる重松さんですが、「大人向け」の「色もの」もあるので、本ズキ小中学生のお子さんをお持ちの親御さんは、要注意です(笑)。家は、下の子(小学生)が、本があれば手当たり次第読んでしまうので、最近は吟味しないとうっかり本を置いておけません。まあ、そういう「事故」も、子どもが中学2,3年生から高校生くらいになればいいのかなあ。でも、なんか気恥ずかしいですよね。

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日本を代表して?怒られたり、宮部みゆき『蒲生邸事件』を読んだり。

 知り合いの同世代の北米人で・・・会うたびに、「政治」ネタを振ってくる人がいます。

 「日本人はなんでこんなに世界で起きていることに疎いんだろう!このニュース、すごく有名なのに、今まで話した日本人、誰も知らないって。この国のニュースどうなってるんだ。だいたい、政治家がこれこれこんなバカなこと言ってるのに、なんで日本人は誰も行動を起こさないし、文句もいわないんだ!」
 「なんで、起訴された98パーセントが有罪になるような国で、死刑制度があるの。おかしいと思わないの?」
 「だれも特には食べたがらないクジラなのに、どうして日本政府は『調査』なんてごまかしの名のもとに捕鯨をする?それに、知ってる?赤ちゃんクジラが生きたまま血を吐きながら日本の調査捕鯨船で牽引されていくのをニュースやネットで見て、世界中が日本のことを怒っているのに、日本人の知り合いは、誰もそんな映像見てないって言うんだ!」
などなどなど。

 黙って聞いていればいいんですが。つい。

 「Youが話している30代から50代の日本人は、(Youと違って)はっきり言って忙しすぎて、ワールドニュースを全部チェックして、いちいち行動してる暇なんてないんだから!(こりゃ我ながら屁理屈か)。」
 「でも死刑が宣告される人の数は少ないし、その中で執行される人は本当―――に少ないんだよ?よっぽどの場合だけじゃないかな?で、死刑制度があること自体は日本人に支持されてるわけで・・・。」
 「世界中って何?英語の通じる世界が世界中??じゃ、逆に聞きたいんだけど、調査とかでなく、堂々と捕るなら捕鯨に賛成するの?文明的に殺すなら賛成するの?何が何でも反対でしょう?違う?」

 よせばいいのに、日本人を代表して??こんな小学生みたいな反論をして、「あー本当に日本人はバカばかり・・・もう本当に泣きたくなる」という顔をされるんですが・・・それでも、そういう話を最後まで聞いてくれる人自体少ないらしく(笑)、会うたびに際限なくふってきてくれます(泣)。

 さて、そんなプレッシャーの中で最近読んだのが、宮部みゆきさんの『蒲生邸事件』(全然つながりが見えなくて済みません!)

 96年に出版されて、日本SF大賞をとった小説です。もう12年前の作品ですが、読んだことがありませんでした。カバーの言葉をそのまま借りれば、「予備校受験に上京した少年が、時間旅行の能力を持つ男によって、昭和11年2月26日の東京に運ばれた。」という設定。

 タイムトラベルというSFであり、2・26を扱った歴史小説でもあり。密室殺人?(殺人かどうかがわからないという設定。亡くなる人物については完全なフィクション)の推理小説でもあり、そこにロマンティックな味付けもあり。厚さのわりに飽きずにあっさり読めます。

 思ったほど、2・26事件そのものには深く踏み込んではいない印象でした。もりたなるおさんの帯解説の言葉では「いまを盛りの女流作家は(中略)歴史の傍観者たちのあと知恵姿勢に、強烈な批判をくわえた」ということですが。
 タイムトラベラーの平田は、あと知恵でさかしく生きることより、人間らしく生きることを選び、あえて戦時下の昭和時代の波に翻弄されながら自分の人生をまっとうします。

 あと知恵で歴史を、人の生き方を批判する人がいるけれど、もしそういう人が、タイムトラベルができたとしたら、その人はその時代で本当に何か変えることができたのか?できないのではないのか?その時代にただ翻弄されながら、自分なりに精一杯生きた人を冷笑したり、批判できるのか?という問いかけがそこにはあって、一応共感できます。・・・が、そこに、宮部さんの歴史観も見えて、それが同世代の日本人にある程度共通するものに思えて興味深く、また危なっかしく思いました。

 それは、歴史の大きな流れは、少数の力では変えられないという歴史観。
 歴史の大きな流れの中では、人のあがきで小さな出来事を変えることはできても、大きな流れを変えることはできないという歴史観。
 小説の中で、「未来」を知るタイムトラベラーの平田は、何度も起きる出来事を変えようとしたが、一つを変えても、結局同じようなことが起きた・・・というエピソードを語っているのです。

 これなのかも。と思ってしまいました。知り合いのカナダ人を常にいらだたせている、日本人の歴史観というか、政治的な態度がこれなのかなあ、と。もっとはっきり言えば、私の態度なのだけど。

 ヒットラーを止めることができても、当時のドイツには、違うヒットラーが生まれていたのではないのかという歴史観。必ずしも悲惨な歴史に対してではなく、たとえばキング牧師がいなかったとしても、同じようなヒーローが生まれて、やはり差別解消や人権運動は進んでいただろうという思い。自分の中のどこかに、たぶんそんな思いがあるのではないか?と考えてしまいました。

 同じ政治的?SF小説でもスティーブン・キングの『デッド・ゾーン』では、主人公がアメリカをミスリードする大統領候補を殺して、満足感の中で小説が終わっていなかったっけ。一人の人間が世界を変えるパワーがあると信じる、楽天的な・・・ポジティブな行動につながる世界観がそこにあるような気がします。

 どちらが正しい、ということではないと思うけれど、たぶん確かだと思うのは「みんなが宮部さん(ぼくてき)的な歴史観・世界観をもってちゃ、だめだろうなあ」ということ。

 牛肉の輸入に関しての韓国のデモなんか見ていても、同じことが日本であってもこんなにみんな騒がないで、くすぶってるうちに通っちゃうかもしれないとも思います。どうしようもないことで騒ぐ必要はないけど、騒がなきゃいけないところでもおとなしいって、やっぱりまずいよね・・・でもね・・・。

 ・・・などと考えていたら、冒頭の知人が「とにかく、もう少し勉強しなさい」といって、Naomi Kleinさんの『The Shock Doctrin』という本をくれました。Introductionの英語が読みにくいと聞いてびびりましたが、そうでもないようです・・・けれど、最近英語の本を読んでいないので、今日仕事帰りに読み始めたら、4ページで寝てしまいました(泣)。
 ハリケーン「カトリーナ」への、アメリカの政府(政治家)の対応についての話からはじまっていました。時間がかかりそうですが・・・もし読めたら(後ろ向き)また報告したいと思います(っていうか、翻訳出てないかな・・・って、ホントに読める自信なくて困ってます)。

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宮部みゆきさんの小説片手に、国立科学博物館へ。

月曜も子どものお弁当作りがあって朝早いので、
更新してる場合じゃないな・・・と思いつつ更新(^^)。

今日は家族で上野の国立科学博物館(常設展)へ。
去年はなかった360度のシアター「シアター360(サンロクマル)」ができていました!
愛知博の「地球の部屋」を移設したそうですが、
「球」の「横軸」の位置にある橋に立ち、ガラス張りの足元を通して360度の映像が広がります。
足元は動いていないのに、揺れているような臨場感があって、終わるともう一度入りたくなります。
入場は入れ替え制、絶え間なく8分間の映像を流すので待ち時間はほとんどありません。
お勧めです。でも、3D映像を嫌がるようなお子さんには、臨場館ありすぎてダメかも。

それから、これも去年は工事中だった日本館が開いていました。

国立科学博物館の常設展は、高校生まで無料だし、一日たっぷり見学できていいです。
今日もお昼持参で午前中から行き(飲食用のラウンジがちゃんとあって便利)、5時の閉館までいました。
閉館近く、くたくたになってベンチでいびきをかいているお年寄り発見。
おじいちゃん、お孫さんは大丈夫ですかあー?でも、その気持ちわかるー。
疲れました。

子どもはこの見学で宿題をやるとかで。
遊んでいるだけのように見えましたが、一応「サイエンススクエア」という8月19日までのイベントで「おみやげ」をもらってるので、それに何かつけて出すつもりかなあ。
後はしらんわ。

さて、やっと?ハリー・ポッター7巻から解放?された私。

上野の往復では『名もなき毒』を読みました。
「生まれながらの嘘つき」で毒のかたまりのような登場人物に、思わずトム・リドルを思い出す程度には、まだハリーポッターから抜け出せていませんが。
周囲の「善人」が、どうして彼女(彼)はそうなのだろう、と理由を探し続けてしまうこと(けれどもやはり本人の資質としか言いようがないところ)。自分も被害を受けながら、憎むよりも悲しくなってしまうところ(ダンブルドアはそうだった気がする)。そんなところもちょっと似ているかもしれず・・・。

宮部さんの言う「毒」についての言葉が、実感と共感を伴って薄ら寒く心に残る作品でした・・・とはいえ、決して読後感を悪くしないのが宮部さんの上手さだなあ、と思いました。

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ハリーポッター最終巻、読みました。(ネタバレなし)

ご無沙汰してます!
夏休みになり、やっとPTAだけは一段落。
みなさんお元気ですかー。私は元気ですー。

ひさびさの更新は、
7月21日に発売された、ハリーポッターの最終巻、
『Harry Potter and the Deathly Hallows』。

UK版でやっと読み終わりました!持ち歩くの重かった(笑)。

1,2,3巻は文句なく面白く読み、
4巻で「うーん、ちょっとマンネリかなあ」
5巻で「この巻、最悪。もう読むのやめようかな」
と思いましたが、最後まで読めて満足です(^^)

6巻7巻はローリングさんの筆の冴えが戻ったと思いました。
4、5巻の展開がもたもたした感じや、
必要以上の暗さがなくなって、読むのが楽しかったです。

6で予想したことが大体当たっていたので、
私にとって7巻は意外性はあまりなかったんですが、
33章の終わりから34章の初めではちょっとびっくり。
えーっ、そんな・・・という感じ。
35章からの展開は評価が分かれるかなー。
とは思いました。

あの人が活躍するんだよ、とかいろいろ書きたいけど
これ以上書くとネタバレになるので書きません!

ぜひ、日本語訳を待たずに読んでください。

ハリーポッターが好きなカナダ人がいて、
その人はUS版で、すぐに読了。
私が読み終わるまで感想は一切言わないよ、
と言われていたので、
来週会って話すのが楽しみです。

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田口ランディさんの『ソウルズ』。

田口ランディさんの短編集『ソウルズ』。
この人の本は初めて読みました。

触れ合い、時に本当に理解し合ったり、お互いに意味のある存在である瞬間を持ちながら、基本的には孤独な魂の物語。

作者自身のあとがきの文章も、それ自体が珠玉のエッセイ。人との関係で感じるせつなさについて、この作者は、ほとんど同じ思いをちゃんと文にしてくれている・・・と感動しました。

そのあとがきの中に「十代の頃から悩んできたこと。疑問。それはいまも私の宿題。」とありました。

そういえば、十代の終わり頃に繰り返し読んでいた本の一つが、福永武彦の『愛の試み』でした。テーマは同じ。福永さんの本はエッセイ(というより読みやすい哲学書みたいだったかも)と短編小説を組み合わせたものです。男性的な冷徹さで自分の孤独を切り裂いて、血を流しながら書いているような文だと思って読んだものでした。

田口さんの短編は、せつないけど暖かい気持ちになれる話ばかり。
たぶん、田口さんが、孤独な魂でも、お互いに意味のある存在である瞬間があることの大切さをちゃんと書いているからだと思います。短編一つ一つ趣は違いますが、すっと心が軽くなったり癒されたりする話が多いです。

桜の季節。花の見えるところで、友や家族、または亡くなった人への思いを胸にしながら読むのにいい本です。

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『アフガニスタンから世界を見る』を読む

今日読み終わった本は毎日新聞の春日孝之さんの『アフガニスタンから世界を見る』。

日本を含む西側諸国からは、バーミヤンの大仏破壊やビンラディンとの関係から『悪』というイメージしかないタリバン。
この本の前半では、アフガニスタンという「民族の十字路」の国が、大国のパワーゲームに巻き込まれた後に内戦状態になっていた中、タリバンがどんな考えのもとに生まれ、どのように全土の9割ほどまでを「制圧」していったか・・・大仏はどんな状況下で破壊されるに至ったか・・・などの話が、タリバン側からの視点で語られていて興味深いです。

結局タリバンが政権として国際社会に認められなかった背景はビンラディンとの関係。本の後半は9・11以後の状況。長くタリバンを支援していたパキスタン政府も、アメリカとの関係を優先させる形になってタリバンを見捨てます。もしビンラディンがアフガンに留まらず、穏健派がうまくタリバン政権の舵とりをしていたら・・・パキスタン政府のように、微妙な(姑息な?)舵とりをタリバンがしていたら・・・そんな可能性まで考えたくなります。

この本の視点もある意味で偏っています。でも、もし普段「善玉」「悪玉」的な物の見方をさせられるようなニュースばかりを見ているとしたら、反対側に偏った見方を入れることが、視点を「真ん中」に戻すことに役にたつわけで。

タリバンがいいとは思わない。でも、いろいろ紛争や内戦や圧政のある国を見ていると、歴史の流れは地域によって違うんだという当たり前のことを感じないではいられません。そこに「西洋・現代」的な秩序や善悪の判断を持ち込むことに違和感を感じるんです。たとえば・・・現代人が鎌倉時代に行って、平氏虐殺の罪で源頼朝を捕まえて断罪し、鎌倉幕府は悪だ!と言ってつぶしちゃうみたいな感じ。鎌倉幕府をつぶしても、一気に現代は来ないんだよ!!解決にならないんだよ!!という感じ(日本は複雑な多民族国家ではないので、上手い喩えにならないけど)。

だからって国際社会が何にもしなくていいのか。確かに。でも、何かするほど事態が悪くなることも多いような気がします。大体、介入する動機も仕方もご都合主義だし。

少し前の読売新聞に、パキスタンがアフガン難民のキャンプを閉鎖するという北川学さんの記事が載っていました。難民のキャンプが、タリバ(-)ンの「聖域」になっているというのが閉鎖の理由で、しかしキャンプを追われる人達は帰る場所もないし、治安の悪いアフガニスタンに帰りたいという気もなくて困っている。キャンプを閉鎖すれば、むしろテロリストは拡散するという意見もある。というレポートでした。この記事をきっかけにして、『アフガニスタンから世界を見る』を手にとったのですが。

現在、アフガニスタンも、イラクも、治安がひどく悪い状態。タリバンのアフガニスタンがいいとは言わないけど、フセインのイラクがいいとは言わないけど、「正義」が「悪」をやっつけて安定させようとした(?)結果がこの状態。まあもともと、「悪」の武器をたどっていくと「正義」の方から流れてたりするわけで。

同時多発テロで国家威信を傷つけられた米国。しかし「パキスタンやアフガンから見ると、米国は軍事的な世界戦略という面で、計り知れないメリットを受けたとの印象がある(p148)。」と、『アフガニスタンから世界を見る』の本文にあります。パキスタンに軍事プレゼンスを確保することは、中国へのけん制にもなるというのです。なるほどなあ。もちろんこの見方だって偏ってるのは百も承知ですが、なるほどなあ。たしかに「テロの対策」というのが魔法カードみたいになっている。

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この本はすごく面白いのですが、読みやすくはない印象がありました。元の知識が足りないとか忙しいとかのせいもありますが、厚い本でも難しくもないのに一週間くらい持っていました。話が行ったり来たり重複する印象があったり、本人が取材したものとそうでない聞き書きの部分がちょっとぼかすように書いてあったり。せめて年表がついていたらもっと読みやすいのに。

・・・って、これだけ話にまとまりがない私に言われたくないだろうなあ(笑)。

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酔っ払いの戯言。

久しぶりにワインを一本ほとんど一人であけながら、BSでゴールデン・グローブ賞を見てよっぱらってます(*^^)~。夫はビールと、ワインを一杯チャンポンで飲んでから電子ピアノを弾きまくってます。私は酔ってるついでに更新(どんな夫婦なんだ)。

酔ってるとなぜか全部英語が聞き取れるような気がします。たぶん勘違い(爆)。途中まで、簡単な部分をリピートして子供に意味を言わせたりしていましたが(腐っても・・・酔っても教育ママ)、10時に寝せました。

アメリカ人でありながら、ちゃんと日本からの視点で『硫黄島からの手紙』を撮れるクリント・イーストウッドはすごい。偉い。ダーティ・ハリーのクリントを見ている時は(好きでしたが)こんなに知的な人だとは思いませんでした。どんなシワシワになっても、中身のある人は本当に素敵だ!

レオナルド・ディカプリオも、才能のある俳優だと思います。少年の頃の若い男性としての魅力はもう全くないけど(ごめんなさい)、この人はもともと・・・ギルバート・グレイブで見たように性格俳優的な俳優さんなのだと思うんです。たまたま若い時ハンサムだっただけで(笑)。不評だったギャング・イン・ニューヨークも好きだったし、あのcon game(詐欺)の映画・・・なんだったっけ。忘れた。あれも好きでした。Growing Pains(愉快なシーバー家)に出ていた頃の可愛さやせつない魅力、タイタニックの時の若い男性の魅力はないけど(しつこい)、この人こそはポスト・ジャック・ニコルソンだと思うんです(褒めてます)。インタビューなんかを聞いていても、役者として好きです。アカデミー賞がんばれ!

あと・・・『カレンダーガール』にでてた主役の女優さんが賞をとっていたような気がしました。彼女も好きです。

以上、完全に酔っ払いの文章、ご容赦。

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東野圭吾さんが、たしか『ゲームの名は誘拐』の中で、・・・まともな文も書けないドシロートがインターネットに駄文を垂れ流し・・・みたいなことを書いてましたが

まさに私のことです(苦笑)。

あ、ちなみに『ゲームの名は誘拐』も読みやすくて面白いですよー。

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なんでこんなに飲んじゃったかというと・・・。なんとなく気分がずっと沈んでいて(アル中かい)。

年明けから、お葬式もあり、脳卒中になった知り合いがいたり、考えさせられることが多くて。さらに新年ママ会で近所のお父さんもジョギング中に亡くなったと聞き。

また、PTAのやり手のない執行部をまた頼まれ、うっかり引き受けてしまい。本当はPTAは、全く体質に合わないんだけど(ーー;)。

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でも、酔っちゃうと、全て「ま、いいかあ~」と思えるんですよね^^;(「そりゃまずいでしょ」)。

母は気真面目な人で、全く飲めない体質でした。こういうストレスや悲しみを全部まともに感じていたんだろうなあ・・・かわいそうに。私も気真面目な人間なんだけど(爆)飲めてよかった(^~^;)。

適度なお酒は人生の救いですね。

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本当に支離滅裂なエントリーで済みません(苦笑)。明日は子供を連れて上野に行く予定です。上野へ行くみなさん、明日お会いしましょう!?・・・では、寝ます!

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ニュースネタから・・・年末年始に読んだ本などについて書いてみようかな。その1?

今朝の新聞に、ポーランドのカトリック教会のワルシャワ大司教などが、共産主義政権時代に秘密警察に協力していたことが明らかになって辞任した・・・。というニュースがありました。「連帯」に協力して共産主義政権の崩壊に大きな役割を果たしたカトリック教会が、実は共産主義政権の秘密警察にも陰で協力していたというのです。二重スパイが暗躍する小説みたいな話。

「カトリック教会の現実的な生き残りのための闇の舵取りぶり」がちょうど年末に読んだトーマス・ギフォード『アサシーニ コンクラーベ・ヴァチカンの陰謀(ASSASSINI)』(清流出版)の内容とリンクしていたので、ちょっとびっくりしました。

『アサシーニ』はフィクション。暗殺という意味のイタリア語が題名。カトリック教会の暗部を知った妹が殺され、兄がその犯人探しをしていく・・・というのがメインのストーリーなのですが、カトリックの歴史(主に暗部)についての記述が詳しくて興味深く読めます。全てが史実や事実ではないというのはもちろんですが・・・。ニュースとちょっとつながったのは、この小説の中でのカトリック教会とナチスドイツとの関わりです。

新聞記者をやっていた作者が9年間のリサーチを経て書いたというだけあって、現実味が濃かったです。何が善で、何が悪なのか混然とした話。最後まで読み、犯人がわかり・・・えーこんなのあり???という結末でした。

同じコンクラーベがらみのストーリーとしては、ダン・ブラウンの『天使と悪魔』の方が楽に読めるし展開が速くて面白いと思います。それに『アサシーニ』はダン・ブラウンの小説以上にカトリックの闇の部分を誇張しているみたいで、カトリックの人が読んだら不快だろうな・・・。などと思っていたところに新聞の記事。へえ、と思ったわけでした。

国家とか大企業とか宗教などの巨大な組織が、現実社会の中で「組織」として残っていくためには、どうしても妥協したり、手を染めたりしなければならない闇の部分があるなあ・・・。などということを考えてしまうような映画や本ばかり、年末年始に偶然見たり読んだりしていたような気がするので、できれば「その2」を書きたいと思います(が、年明けで雑事に忙殺されているので、どうなることやら)。

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