『消されたヘッドライン』はなかなか面白かった。

5月は相方の誕生月で、一緒に行けばいつでも映画が千円の月だったのでした。

なのに、先週まで見たのはちょっと不作ぎみだった『バーン・アフター・リーディング』だけ。まあ、大好きなジョージクルーニーを見て英語を聞くだけでも、私としては元はとれるんですが、月末になり、ちょっとがっかりしてました。

昨日、雨で午前中の予定が流れ、部屋着でのんびりしていたら、PCを開いてた相方が9時半になって突然、10時半からの映画に行こうと言うんです。「今日しかないじゃない!行こう!」。ホントB型って付き合い切れない(笑)。しかも、2時から家のちょっとした工事が入っているのに、その合間を縫って行こうって・・・。もうちょっと早く思いついてくれれば・・・準備が・・・とブチブチ言いながら大急ぎで支度して吉祥寺へ。

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NHKドラマ『監査法人』が面白い。

昨日の夜、野球で延びたドラマ『監査法人』(NHK・土曜午後9:00~全6回の2回目)を偶然見ました。監査法人の若手公認会計士(若杉・・・塚本高史と、山中・・・松下奈緒)が、大手企業の粉飾決算と、その企業と銀行、また実態のない会社の不適切な関係性に気がつき、うやむやにしようとする上司ともぶつかりつつ、真相に迫っていくというもの。

矢島正雄さんの脚本。全6回の2回目でした。初回は見逃してしまいましたが、面白かったです。

清濁併せ呑む、というより、どっぷりと馴れ合いの監査を続け、小ずるく立ち回る監査法人の理事長・篠原(橋爪功)。銀行の利益以外は何も頭になく、信義心や道徳感のかけらもない東都銀行頭取・国友(竜雷太)。この二人が、ホントいやらし~い、脂ぎった役柄を実に楽しそうに?演じています。それに立ち向かう、若者二人(塚本、松下)は演技も青臭いといえば青臭いけど、これも役柄の青臭さとぴたっと合った演技。塚本高史さんの鋭くて暗―――い目もいいし、柴咲コウさん似の松下奈緒さんも悪くないです。

「この設定は変だわ」「これはありえない」なんてところもあるのですが、堅い題名とは裏腹に、単純に楽しめるドラマです。

これは来週も見よう、と思いつつ、なんで『監査法人』なんてドラマが面白いんだ?と考えてみて、ハタと気がつきました。

・・・この配役と設定、すっごく単純な時代劇の構図だよ。

*****

「大黒屋、おヌシも悪よのう」
「めっそうもない、お代官様。まあよしなに。これまで通り。」
「ふっふっふ。」
・・・
「この帳簿を見てくれ!大黒屋め!あれは、付け火に違いない。」
「わたくしの父は、その付け火で亡くなったのでございます。」
「調べてみましたが、どうもウラには代官の陰が」
「なに、代官が絡んでいるのか!」
・・・
「大黒屋、まずいのう。おヌシのやっていることが、どうもご城代のお耳に入ったようでな。すべて、おヌシが謀ったこと。われわれには関係のないことだがな。」
「ええ!?お代官様、全てはお代官様の指示ではございませぬか!!」
「知らぬわ。ふっふっふ。もうおヌシの利用価値はないということじゃ。」
「なんということを!!」

****

・・・ね?

ともあれ、初々しい若手と、味のある実力派の俳優で、ぐいぐい引き込む内容に仕立てたドラマです。NHKさん、やりますね。展開を楽しみにしています。

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酔っ払いの戯言。

久しぶりにワインを一本ほとんど一人であけながら、BSでゴールデン・グローブ賞を見てよっぱらってます(*^^)~。夫はビールと、ワインを一杯チャンポンで飲んでから電子ピアノを弾きまくってます。私は酔ってるついでに更新(どんな夫婦なんだ)。

酔ってるとなぜか全部英語が聞き取れるような気がします。たぶん勘違い(爆)。途中まで、簡単な部分をリピートして子供に意味を言わせたりしていましたが(腐っても・・・酔っても教育ママ)、10時に寝せました。

アメリカ人でありながら、ちゃんと日本からの視点で『硫黄島からの手紙』を撮れるクリント・イーストウッドはすごい。偉い。ダーティ・ハリーのクリントを見ている時は(好きでしたが)こんなに知的な人だとは思いませんでした。どんなシワシワになっても、中身のある人は本当に素敵だ!

レオナルド・ディカプリオも、才能のある俳優だと思います。少年の頃の若い男性としての魅力はもう全くないけど(ごめんなさい)、この人はもともと・・・ギルバート・グレイブで見たように性格俳優的な俳優さんなのだと思うんです。たまたま若い時ハンサムだっただけで(笑)。不評だったギャング・イン・ニューヨークも好きだったし、あのcon game(詐欺)の映画・・・なんだったっけ。忘れた。あれも好きでした。Growing Pains(愉快なシーバー家)に出ていた頃の可愛さやせつない魅力、タイタニックの時の若い男性の魅力はないけど(しつこい)、この人こそはポスト・ジャック・ニコルソンだと思うんです(褒めてます)。インタビューなんかを聞いていても、役者として好きです。アカデミー賞がんばれ!

あと・・・『カレンダーガール』にでてた主役の女優さんが賞をとっていたような気がしました。彼女も好きです。

以上、完全に酔っ払いの文章、ご容赦。

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東野圭吾さんが、たしか『ゲームの名は誘拐』の中で、・・・まともな文も書けないドシロートがインターネットに駄文を垂れ流し・・・みたいなことを書いてましたが

まさに私のことです(苦笑)。

あ、ちなみに『ゲームの名は誘拐』も読みやすくて面白いですよー。

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なんでこんなに飲んじゃったかというと・・・。なんとなく気分がずっと沈んでいて(アル中かい)。

年明けから、お葬式もあり、脳卒中になった知り合いがいたり、考えさせられることが多くて。さらに新年ママ会で近所のお父さんもジョギング中に亡くなったと聞き。

また、PTAのやり手のない執行部をまた頼まれ、うっかり引き受けてしまい。本当はPTAは、全く体質に合わないんだけど(ーー;)。

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でも、酔っちゃうと、全て「ま、いいかあ~」と思えるんですよね^^;(「そりゃまずいでしょ」)。

母は気真面目な人で、全く飲めない体質でした。こういうストレスや悲しみを全部まともに感じていたんだろうなあ・・・かわいそうに。私も気真面目な人間なんだけど(爆)飲めてよかった(^~^;)。

適度なお酒は人生の救いですね。

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本当に支離滅裂なエントリーで済みません(苦笑)。明日は子供を連れて上野に行く予定です。上野へ行くみなさん、明日お会いしましょう!?・・・では、寝ます!

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映画鑑賞ついでにカポーティご本人のトレビア(?)を

映画『カポーティ』は、私の大好きな(とあまり言いたくない^^;)フィリップ・シーモア・ホフマンの演技が、カポーティ本人に相当よく似ているということでも話題になっていたようです。

カポーティの映画のエントリーにも書いたように、カポーティ本人の映像を見るのに一番てっとり早いのが、1976年の映画『名探偵登場(Murder by Death)』というコメディ。カポーティが名探偵を集める大富豪を演じています。この映画、顔ぶれがすごい。ピーター・フォーク(コロンボ)アレック・ギネス、ピーター・セラーズ、マギー・スミス(マクゴナガル先生)などなど。

ふと思いついてYouTubeで、Murder by death capoteで検索してみたら、この映画の予告編を見ることができました!(著作権関係がよくわからないのですが、予告編っていうのはコマーシャルだから大丈夫・・・かな?リンクはつけません)。

ちょうど薬とアルコールでぶよぶよしている頃の映像で、カポーティCapoteが予告編に登場して、こんなことを言っています。

"The Victim is here, at this very table at this very moment. And so too, Ladies and gentlemen, is the murderer! "「被害者はここ、まさにこのテーブルに、今この時いるのです。そして、皆さん、同じく、殺人者もいるのです!」

so too のあたり自信なし。so trueにも聞こえる・・・(文法力なし)。ともあれ、確かに、独特の甲高い声。ホフマン巧いわ。

カポーティ本人と、出演者の顔ぶれを見てやっぱり見たくなりました(だから、著作権お持ちの関係各位様、YouTubeの予告編映像の紹介をお許しください)!

でも、今日の夜中からフジテレビで24Ⅳが始まってしまうんですよ(DVDは借りないけど、フジでやったのは録画で全部見てます^^;)

・・・困ったな(ブログでは、いつもお気楽なことで困っててすみません。現実生活での苦労は、実際はいろいろしてる・・・かもしれないので呆れないでください)。

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10月1日都民の日。その1『カポーティ』をやっと見る

10月1日は都民の日。毎年都内の市・都立の学校がお休みになります。

無料になる都の施設もたくさんあるのですが、都内の職場がお休みになるわけではないので、いつもは使いにくい。今年のように土曜日と重なって大人も休める人が多い都民の日は、どこもにぎわいます。

おまけに1日は映画の日。ここで何度も書いているように、映画『カポーティ』の公開を楽しみにしていた私としては是非とも行きたい。現在東京で『カポーティ』をやっているのは日比谷と恵比寿ガーデンシネマだけ。でも子供と見る映画ではないし。

結局、恵比寿ガーデンシネマの初回は私だけ見に行って、あとで新宿で家族と待ち合わせることになりました。恵比寿のガーデンシネマは、都内の映画館の中でもイチオシです。椅子がいいし(体の大きい人には少しせまいかもですが)、来館順の番号スタンプで入場が整然としているのも好き。ガーデンプレイスの雰囲気もいい。

『カポーティ』は期待にたがわず、シーモア・ホフマンの演技のうまさを堪能しました。脇役の人たちもみな存在感がありました。役者が大根だったら成り立たない、重い映画。公開まで長すぎたので、私の場合「予習」しすぎて、内容を薄く感じてしまいましたが・・。『冷血』とジェラルド・クラークの『カポーティ』の伝記の内容全てを2時間に期待するのはフェアじゃないですね。

映画を見て、カポーティの人格や心理がわかりにくかったと感じた方もいらっしゃるかもしれません。でも、そのわかりにくさ、つかみ所のなさは、カポーティ関係のどの本を読んでも、最後まで残るわかりにくさなんです。本当は何を考えていたのか?本当は(内面的に)どんな人だったのか?実際にはどんな魅力があって、一時は社交界の花だったのか?

きっと、その場その場では真摯に人に優しくしたり、本気で人を愛し、つくす性格だったのだろうと思います。その反面、生来の空想壁(嘘をつくというより、物語を作る性癖)や徹底した利己主義や、感情に身をまかせたりする性格があり、それが外から見るとアンバランスに見えるのでは。そういう人格形成に、幼少期の母親との関係があるのも、映画の中ではうまく触れていたように思いました。

自分に似た内面を持つ殺人犯ペリーと親交を深めることで『冷血』を書き上げ、その死刑に立ち会ったことがカポーティの内面を崩壊させ、作家生命を終わらせたように映画では描かれていました。実際は、アルコール中毒や薬物中毒はその数年前の母親の死からひどくなっているように見えます。『冷血』も世間の評判にはなったものの、期待していた文学賞などは全くとれなかったこと(ハーパー・リーの『アラバマ物語(To kill a mockingbird)』はとった)などもカポーティの失意の原因だったようです。映画だけ見ると、あれだけで何も書けなくなってしまうということに疑問を感じるのではないかと思いました。

さて、実際のカポーティ本人が簡単に見られるのは、『名探偵登場』という映画の中です。晩年のカポーティが、死ぬ大富豪役を演じていますが、まるで印象に残っていません。だいぶ前にテレビで見たのは覚えていますが、「つまらなかった」記憶しかない・・・。Tutayaでビデオを借りるかどうか思案中です(DVDはないだろうなあ)。

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東野圭吾の「手紙」に小田さんの歌

小田和正さんのホームページ、Far East Cafeにこんなニュース(新しくないけど)があります。

映画「手紙」(直木賞作家東野圭吾原作)の挿入歌に「言葉にできない」
・・・2006年11月、渋谷東急ほか全国松竹・東急系にてロードーショー

監 督:生野慈朗
脚 本:安倍照雄/清水友佳子
音 楽:佐藤直紀
挿入歌:小田和正「言葉にできない」
CAST : 山田孝之/玉山鉄二/沢尻エリカ 他


東野圭吾は好きな作家の一人。昔の学園モノはあまり読んでいないのですが、90年以降に出たものはほとんど全部読んでいます。日本語の小説や映画は「ハズレ」だと思うと「時間の無駄」感が強いのですが、この人の小説でそういう気分になったことはあまりないです。

ただ、『手紙』に、小田さんの「言葉にできない」かあ・・。って、ちょっと複雑な気分。

『手紙』は、弟を思う気持ちから殺人を犯してしまった兄と、その兄のために逆に人生がめちゃめちゃになってしまう弟を書いた作品でした。悪い作品ではないんです。

私が『手紙』を読んだ後にショックだったのは、東野さんのあとがきでした。凶悪な犯罪を犯したものが家族にいれば、家族も社会的に制裁をうけて当然なのだというようなことを書いていたんです。東野さんが言いたかったのは、逆に凶悪な犯罪を犯そうとするものは、そのくらい覚悟しろよ(だからやめろよ)、ということだったかもしれませんが、とにかく衝撃的でした。親、ならまだわかる(私も「親」だから、子供のしたことの責任はとりたい)。でも、兄弟姉妹に何の責任があるというんだろう。

ちょっと脱線しますが、この間の専門学校生の殺人事件の時、19歳の犯人は自殺がわかった後になって、一部で実名報道されました。少なくとも逆であるべきだ、と思いました。本人が逃げている時に顔写真入りで実名報道するなら、まだその理由はわかる。そこで本人や家族が傷ついたとしても、それは受け入れなければならないことかもしれない。更生の妨げになるというが、19歳は20歳と変わらない。

でも、逃げている時に実名報道しなかったのに、亡くなった後で顔写真入りで報道することは、家族を追い込む以外の意味があるのだろうか、と思いました。読売には犯人の少年の家族構成についてまで書いてありました。東野さんのあとがきを読んだときと同じ、暗い気分になりました。

映画化される時点で、原作とは雰囲気の違うものになるのかもしれません。けれど「言葉にできない」の使われ方は、小田ファンとしてはちょっと気がかりです。

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『ゲド戦記』4巻まで読了して(内容含みます)。

「お盆休み」。夕方から、夫と子供は夫の実家にお泊りです(夫は子供の目付け役)。といっても、歩いてでも行けるような距離で「お盆」は関係ないんですが。孫を預かってくれる姑に感謝しつつ残り物で一人の夕飯を済ませて、のんびりと『ゲド戦記』の3,4巻を読了。

これで4部作を読んだことになります(あと2冊ありますが)。熱心な評判を先に聞いてしまったので「ふむふむ」という程度でした。でも、何も知らずに読んでいたら「かなり良かった(特に2巻までは)」と思ったかも。

1巻では、物語の世界に入るのに苦労。ファンタジーが山のように出ている今、昔書かれた物語は不利ですね(笑)。「本家」であっても、読む者にはどこかで聞いたような話に見えてしまうので。1巻だけは、ちまちま読んでしまったので、寝る前にもう一回読んでみようかな。印象が違うかもしれません。

一番ストーリー自体に引き込まれたのは2巻。自分が当然だと思って生きている世界の束縛と安定、外の世界に出る自由の重さというテーマ。テナーという女性の主人公の強さと、動揺、ゲドに惹かれる気持ちに、自分で戸惑う様子などに共感し、一緒に手探りで迷路を進んでいるように感じました。

3巻のアレンの物語は、ゲドとアレンの会話の内容には共感するものの、展開が冗漫な感じがしました。

そしてテルーの4巻。これは「アースシー」の物語にする必要があったのか疑問です。作者の哲学がてんこ盛り(それは3巻も)なので、読みながら読者が勝手に考えるには、いい材料かもしれないのですが。あのゲドは・・・。力をなくした男の話を書くのはいいけど、ゲドをあんなふうに書いてほしくはなかった。

というわけで、熱烈な『ゲド戦記』(このタイトルの訳は良くないと思いますが)ファンには、結局なれませんでした。1,2は哲学がうまくストーリーにはまっているけど、3,4はルグゥインさんの哲学がセリフの中で一人歩きをしている感じがして。

さて、原作を日本語で読んだ上で。再びジブリの『ゲド戦記』。

登場人物が理屈っぽく語る哲学は、そっくり原作からのもの。でも、話は別物。ということは、原作のファンはジブリアニメを見る必要はないかも(^^;)。

別物なのはいいとして、「わかりにくかった部分」(前の投稿で、反転になっている部分)こそが、アニメでの全くの創作(付けたし)部分だったと知って、ハウルの時と同様に、不信感まじりの溜息がでました。創作はいい。なんで、ちゃんと全体の筋を詰めないまま、出してしまうんだろうなぁ・・・。

前のブログで宮崎吾朗さんの「味方」と宣言したのに、味方っぽくなくなっててごめんなさいm(  )m。

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宮崎吾朗さんの『ゲド戦記』の味方です。

行ってきました~。宮崎吾朗さんの『ゲド戦記』。

テナーの物語である2巻、アレンの物語3巻を使ってまとめたというアニメ映画ですが、私が読んだのは一巻だけ(14日追記・訂正: 2巻を読了。現実世界のいろいろなことを関連づけて考えさせられる内容でした。2巻の内容はテナーのセリフ以外では、アニメに反映されていません。アニメは、3,4巻の内容からのようです。)

朝日か読売新聞で、批評家の酷評を見てから行きました。

感想は「悪くないじゃない」です。私は基本的には宮崎(駿)さんもジブリも大好きですが、ジブリ擁護で言っているのではありません。

前回の『ハウルの動く城』も原作を読まないで見に行きましたが、ストーリーが意味不明だと思いました。その「意味不明」を理解しようと原書の原作を読んで、愕然。料理で言えば、元の素材を切り刻んで、その味とは関係なく自分の好きなものを後から入れて、てんこもりのサラダにしてしまったような印象。「ハウル」の中にあるのは宮崎ワールドの中に切り刻まれてお互いに関連を失った原作の「破片」だから、あんなにわかりにくかったのか・・。と思いました。

少なくとも、今回、全体のストーリーはもっとわかりやすかったと思います。もっとも「ハウル」は期待して行ったけど、今回は「ひどいのかなあ」と思って行ったという違いは大きいかもしれません(「ハウル」の批判は6割引きくらいで読んでください)。

アニメ『ゲド戦記』を見る前に知っておくとわかりやすいと思うのは、舞台となる「アースシー」の世界では、「真の名」が重要な意味を持っていること。なぜなら、真の名を知るものは、それを思いのままに動かすこともできてしまうから。もう一つは、「ゲド」は偉大な魔法使いの「真の名」で、「ハイタカ」がゲドの通名であるということ。最後に。死者の国の扉を開いてしまうと、自分の「影」(悪の部分?)に追われ、悩まされるということ。

一巻にこれらのことが出てきます。でも、一巻を読まないで行った夫も「少なくともハウルよりはずっといいよ、ストーリーがわかるし、メッセージも伝わったし」と言っていました。

ただ、これが子供の評判の悪さを物語っていると思うのが、我が子の感想。「まあよかったけど、すごく怖かった。ハウルの方が面白かった。」確かにハウルは、よく出来た「場面」のコラージュのようなので、「場面」の面白さはありました。「面白い」と思わせるツボは、さすがに押さえてあって、笑いもありました。

それに比べると『ゲド戦記』には場面の笑いが全くない。私はそれが悪いとは思いませんが。

さて、ここからはネタバレで、「それでも今回わかりにくかったところ。」など。これから見に行く人のために反転で。

まず、アレンが父親を殺す必然性がわかりませんでした。これが、かなり致命的なマイナスポイントだと思います。ここをもうすこし詰めていたら、批評家にぼろくそに言われなくて済んだのでは。

父との言い争いの場面でもあれば、少なくとも動機はわかる。また、その最中カッとなって・・というなら、アレンの性格からしてもわかる。計画的に、冷静に刺しているようなのに動機が見えない。最後まで、何もわからない。

「死があるから、生が輝く。限られた命だから大切」といったストレートで大切なメッセージが、あの父親殺しの不可解さの中で揺らいでしまうのです。そのメッセージが登場人物のせりふとして語られているだけで、それが強く感じられるエピソードが映画の中にないので、よけいに。

あと、テルーが突然竜になったのが理解できませんでした。なんで竜なんだ?竜なのに、なんでまた人間に戻っているんだ?

こういうことは原作を読めばわかるのかな。(追記:わかりませんでした(16日記事に書きました)。)

ともあれ、宮崎吾朗さん、ジブリの皆さん、お疲れさま!

監督1作目。普通なら、駄作なら単に無視されるだけ、よく出来れば評価されるだけのところを、公開前からいろいろ雑音や批判があって大変だった(今も大変だ)と思います。

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お子ちゃまと「パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト」

子供と吉祥寺駅で待ち合わせ。『パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト』を見てきました(またも大作(^^)ゞ)。

今日はバウスシアター。そう、地元の方はおわかりと思いますが、吹き替えなんです(T T)本物のジョニデプの声が聞きたかったのですが、下の子がまだ字幕のスピードに追いつけないと言うので涙をのみました。

声優さんにはちょっとずつ違和感。主役級は本人の声を知っている俳優さんたちだから仕方がないんですけどね。まあでも吹き替えの情報量は字幕より多いし、日本語ならボーっとしてても聞き取れるから便利、と思うしかないか。

バウスシアター2では、『グッドナイト&グッドラック』をまだやってました。本当はそれが見たい母(一緒に見に行く人がいないので、結局DVD待ちになりそう)。

パイレーツ・オブ・カリビアンは、2作目もかなりお笑い系。うけまくる子供と一緒に楽しみました。お疲れの仕事帰りの一本とか、子供と一緒に楽しむ一本としては、M:I:3よりおすすめかな。私も笑って疲れがとれました。(もっとも娘は恐いところでは爪を立てて私の手を握りしめてきましたが(^^;))

しかし、あのタコ吸盤を見て「ぶつ切りにして醤油つけてわさびつけて食べたらおいしそうね・・・」と思う私の食欲って(ーー;)。日本人がこういう反応をするとは、ディズニーも誤算だったろうね(違)。

ジョニー・デップが一作目と同じノリノリ小悪党ぶりを見せているので、一作目の演技が気に入った人にはお薦めです(彼は何をやっても魅力的!)来年の3作目も見に来る羽目になりそう。でも、一作目のノリが嫌いだった方にはお薦めしません(私はバカ映画も子供映画も好きなので、これも好き)。

さて始まる前に『スーパーマン リターンズ』の予告編も見ました。

ハゲの悪役が、ケヴィン・スペーシー!瞬間的な映像にも、ゾクッとするうまさと存在感があり・・・さすがです。でも今度の主役は、なんだかせりふがぎこちなくて「うーん。顔はぴったりなんだけど、すごく大根っぽい・・(クリストファー・リーブを思い出すとせつないなあ)」という感じでした(主役に関しては予告編だけの印象なので、自分が間違っていることを祈ります)。これはDVDが出たらケヴィンを見なくては(気が長い)。

・・・というわけで、一つ前の「予告」とは全然違う内容のアップでごめんなさい。うーん。それにしても、ちょっとだけ書くつもりがやっぱりけっこう長くなっちゃった。

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近日アップ予定の・・・予告編?

さて、子供の夏休みが始まってしまいました。

やるべきことが倍になり、やりたいことは減らない。向き合える時はちゃんと子供とも向き合いたいので、ブログの更新は週一ペースくらいにしようかな。と思っております(あれ?前からそうかな?)

でも、書きたいことはけっこうあるんです。そこで一応書きたいことの「近日公開?予告編!」を。

その1. 「伊豆ガラスと工芸美術館」。

ずっと行きたかったこの美術館に、やっと行って来ました。ガレが目的でしたが、入り口でビアズリーの「サロメ」にも会えて嬉しかったです。写真もあるし(撮っていいんです)早くアップしたいです。

その2. 柳広司さんの本。

yumemiさんのブログで紹介されていた柳広司さんの『トーキョー・プリズン』という本に興味を持ったので、図書館で探してみました。隣にあった柳さんの『シートン(探偵)動物記』の「カランポーの悪魔」を館内で読んでみると・・・いい。面白い。その話に出てくる『狼王ロボ』は子供の時読んだな~そうそう、そんなふうにも思ったかも・・・なんてノスタルジアにも浸ってジンとしました。さっそく二冊借りてきて。『トーキョー・プリズン』の方をさっき一気読み。

虚実取り混ぜた構成のうまさ、一面的でない物事の捉え方。エンターティメント性。本格派歴史小説を期待すると肩透かしですが、ミステリー小説としてはとても面白かったです。

好き、この人の本。2001年デビューで、まだ著書が多くないようです。全部読んで、そのうちちゃんと紹介したいです。

今日は伊坂幸太郎の『魔王』を読む予定だったのですが。柳さんの本の魅力が勝ってしまいました。

その3. ゲド戦記。

友達に大ファンがいて、「とにかくあの世界観が!」「最近のは余分だけど」「あの哲学!」「とにかく読んで!」と熱烈推薦。

一巻だけ読みました。確かに面白いのですが、あまりに激しく薦められたのが災いして?まだ友人のレベルまでは、ピンと来ません。

けど。アニメは宮崎さんのジブリ作品なので(今回息子さんだが)。

前売り四枚買いましたよおー。スタジオジブリさん!

ちょっと楽しみ。ちょっと恐い(コケてないでしょうね?ストーリーちゃんと首尾一貫してるでしょうね?という恐さ)。

アニメは三巻の内容らしいですが、ハウルの時と同様に映画の方が先になりそうです。見たらアップします!

・・・・と、いろいろアップ予定を書きましたが予告倒れになったらごめんなさい。一応、プライオリティーは(こう見えても)現実世界、特に家族との生活と仕事なので(笑)。

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