« 明日は卒業式 | トップページ | 田口ランディさんの『ソウルズ』。 »

円応寺で知る閻魔大王様のこと、など。

日曜・月曜で、江ノ島&鎌倉へ行ってきました。

江の島の入り口にある、新江ノ島水族館に行ったのは初めて。くらげのコーナーが幻想的でした。イルカのショーもキリモミ回転まで見せてくれて見事。天気の悪い日曜日なのに、すごく混んでいました。
江ノ島そのものにちゃんと行ったのは小学生か中学生の時以来。日帰りでも行けるところなのですけど、いつでも行けると思うと行かないものです。ろうそくを持って入る洞穴など、初めて知りました。
江ノ島は、土産店などの数も多いせいか、全体的に安めです。丘のような形をした島をめぐる遊歩道も整備されていて、天気のよい日にぶらっと歩きまわるには、いい観光地だと思います。

******

でも今日メインで書きたいのは江ノ島の話ではなく、
鎌倉のお寺の中でも異彩を放っている円応寺の閻魔様の話。

円応寺へは、鶴岡八幡宮から北鎌倉へ向かう道の途中で寄りました。ご本尊は運慶の作と伝えられる「閻魔大王」です。質素なお堂内に入ると、まず奥に祭られた圧倒的迫力の大王が目に入ります。その周囲を囲むように冥界の王の像が鎮座しています。拝観者は、向かって左の手前から、「十王」を拝見して行くことになります。

珍しいお寺でしょう。

(以下の文体、『蜘蛛の糸』化)。
各冥王が下す裁きについての恐ろしい説明は、ひっそりとたたずむ各冥王の像の前にちゃんと貼ってあるのでございます。拝観者はそれを読みながら、冥界を旅する死者のような趣を味わうことになるのでございましょう。

それにしても皆様、何が嬉しくてそのような趣を味わうのでございましょう(爆)。
なにしろ世の中、何も悪いことをせず生きておりますのは私くらいのものでございますから、普通の・・・「数限りもない罪人」の皆様たちが、ここで恐ろしい思いに囚われることは間違いないのでございます(・・・は??以下、文体戻ります)。

私は無宗教で、死後の世界は「死んだことがないからわからない」という考え。でも、手塚治虫さんの『火の鳥』に繰り返し現れるような、仏教的な世界観や生命の捉え方には心をひかれる時があります。

○○地獄・・・みたいな説明を読み流しつつ、閻魔様に辿りついて説明文を読みました。

詳しくは覚えていませんが、そこには、こんな意味のことが書いてありました。

「罪人を裁き、罰を与えるというのは閻魔大王に課された絶対的な使命である。でも、人に苦痛を与えるというのは本来してはならないこと。ここに閻魔大王の業がある。大王は人に大変な苦しみを与えるという罪を償うため、一日に三度、どろどろに解けた金属を呑み下さなければならず、それは亡者が味わう地獄の苦しみの何倍もの苦しみなのだ。だから、閻魔大王の願いは、人に罪を犯させない(悔い改めさせる?)ことにある。」

閻魔様は、そんな苦しみを自らに課して重責を果たしていらしたのか。

深いと思いませんか。
この視点。

・・・って、常識だったりして(恥)。

******

鎌倉では見られなかったソメイヨシノ、都内では一斉に咲きはじめました。
花が咲くころの桜は樹液も桜色をしている・・・なんていう話を思い出しながら、花のある風景を楽しんでいます。

|

« 明日は卒業式 | トップページ | 田口ランディさんの『ソウルズ』。 »

「旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/131466/14443411

この記事へのトラックバック一覧です: 円応寺で知る閻魔大王様のこと、など。:

« 明日は卒業式 | トップページ | 田口ランディさんの『ソウルズ』。 »