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命のこと。

夕食後、スイカを食べながら子供と話していました。

「ねえ、今度生まれてくるとしたら、ハナ(仮名)は男と女どっちがいい?」と息子。

「うん・・。どっちでもいい。タロ(仮名)は?」と娘。

「男でいい。ハナは本当にどっちでもいいの?」

聞かれた娘が、出し抜けに私に言いました。

「ハナはね、生まれてこなければよかったよ、本当は。」

「どうして?」

「だって、人間は必ず死ぬんでしょ。死ぬのは怖いもん。」

驚きませんでした。私にも同じ記憶があるから。

私が祖父を亡くしたのは5歳の時。亡くなった人が焼かれてしまうことに驚いて、自分の手を見つめた記憶があります。

・・・死んじゃったら、この手もあんな暗い中で焼かれちゃうんだ。本当に痛くないのかな。死んだら本当に全部自分がなくなってしまうのかな。もう5歳だから、5歳までと同じ長さをあと何回生きて、死ぬのかな。そんなにすごく長くはないような気がする。

ぞっとするような怖さ。生まれてきたことを、呪いのように感じました(そういう言葉で感じたわけではないけど)。同じ感覚を、娘も祖母の死で感じていたのだろうと思いました。

「大丈夫。ハナはまだ子供だし、こわいのも当たり前。

でも、これから生きていく中で、楽しい経験とか、辛い経験をたくさんして、何か世の中の役にも立って、いろんなものを見ていくとね、だんだん人生に満足していくの。

そうすると『いつ人生が終わっても満足だなあ。いろいろ経験してよかった』って思えるようになるの。がんばってそういうふうに生きて、死ぬのが怖くなくなってから静かにいなくなればいいの。そういうふうに生きていけば、怖くなくなるから大丈夫だよ」

「え?そうなの?恐くなくなって、静かに死ねるの?」

「ちゃんと生きたらね。そうだよ。」

「じゃあ、ハナは、おばあちゃんになるまで生きて、ちゃんと怖くなくなるようにする!」

*****

5歳の時感じた「死」の恐怖を、今の私はほとんど感じません。そういう意味では、子供に話したことは単なる気休めではないし、本音に近くもあります。

でも、それは今健康な身体で一応平和に暮らしているからで、もしも病気になったり死にそうな状況に追い込まれたりしたら、そんな安らかな気持ちでいられるはずがない。だいたい病気も事故も、人がどこまで人生に満足したかなんて考えてくれない。

そういう意味では、そうです。嘘をつきました。

自分に関して言えば、死ぬことより病気と闘う方が怖い。

「死ぬのが恐ろしいと思う時には生きているのだし、死んだ時には、怖いと思う自分がいないのだから、死ぬことが怖いということはない」誰の言葉だったか忘れましたが、名言だと思います。

同じ意味で、今の私は、自分が死ぬことより、人が死ぬことの方が辛いです。

****

子供の事故や事件のニュースを見るたび、その理不尽さに胸が痛くなります。

20歳まででも生きたら、少しは人生を楽しめるかもしれない。30歳でも、案外多くのことができるかもしれない。でも、6歳は?10歳は?

あまりに酷すぎる・・・。

****

子供と話して、自分の子供の時のことを思い出したり、夏休みの水難ニュースを見たりしていて。

まとまらない思いをそのまま書きました。

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「心と体」カテゴリの記事

コメント

僕のところは、父方、母方の祖父母とも割と元気だったので、亡くなったのは、僕がもう大きくなってからのことでした。
そのせいか、幼少の頃に死の恐怖っていうのは感じたことがないです。

最近の子供の事故や事件で思うことは、やるべきことをやっていれば防げた事故や事件が多いことです。

うちも6歳、4歳と2人いますが、たった6年、4年でも親として色んな苦労をしてきたことが、そして将来はどんな風になるのかなあ、って楽しい想像が、一瞬にして無になったら・・・考えられません。

つい先日のプールの事故を聞いたときは、何とも表現できないやりきれない気持ちになりました。

投稿: Husky | 2006年8月 5日 (土) 17時32分

家の家系は長寿ではないようで、私が小学校卒業するまでに祖父母は四人とも亡くなってしまいました。さびしかったです。

子供を育てていると子供の事故や事件のニュースは他人事じゃないですね。

親は子供がお腹の中にいる時から大切に大切に思っているのだから、いなくなるなんて考えられません。
防げる事件や事故で子供が犠牲になることがないように、みんなで目を配って行動したいものです。

投稿: ぼくてき | 2006年8月 5日 (土) 20時13分

お久しぶりです!
(お久しぶりなのに、ここにコメントするのもなんなんですが・・・)

私が大人になってから、身近な人の死に向き合った時、
いつも感じるのは
「人間、いつ死ぬかわからない」という事です。
そしてその度に、
「もっとちゃんと生きていかなアカン」と思います。
今やりたい事をする、今自分にできることは何かを考える・・・
ちゃんと生きることは、ちゃんと死ぬことつながっていくから・・・

お子さんと「命」について話ができるっていうのは
とてもいい事ですね。
(そのきっかけは別にして)
でも、大人になっても、どんな形であっても
「死」を受け入れるのはやっぱり難しいものなんですよね。

投稿: うんぎゃるまつ | 2006年8月 7日 (月) 22時45分

お久しぶりです!

>いつも感じるのは
>「人間、いつ死ぬかわからない」という事です。
>そしてその度に、
>「もっとちゃんと生きていかなアカン」と思います。

同じです。
自分より若い人、ものすごい才能がある人、いい人、もっと真剣に生きてる人が亡くなると「なぜ生かされているのが自分なのか」と考えてしまいます。

あの人が亡くなっても自分なんかが生きてるんなら、できることはしなくちゃいけないだろうと。

少しは人の役に立てるはずの仕事と、子供を育てることが目下の「できること」二本柱かな。
現実的にはお気楽な性格なので、仕事も子供のことも全力投球には程遠くて恥ずかしいです。

投稿: ぼくてき | 2006年8月 8日 (火) 00時00分

自分の子供を持ったことのない私は
エラそうに言える立場ではないですが
(スミマセン)
お子さんたちと、
こういうことをきちんとお話されているぼくてきさんて
すごく素敵だなぁと思ったのです。
いろんな事に気づかないでいる人もいっぱいいますものね。

さてと・・・私も前向きにがんばります(^^)v

投稿: うんぎゃるまつ | 2006年8月 8日 (火) 22時17分

いえいえ。
「お話」するだけでなく「怒鳴ったり」もするわけですから。お恥ずかしい。
「素敵」なんかと程遠い親子の日常です(笑)。

うんぎゃるまつさんこそ、ブログから「人間力」を感じて、素敵だと思います。そう、押尾ファンって素敵な人が多いような気がしますよね(自画自賛??)。

投稿: ぼくてき | 2006年8月 9日 (水) 19時40分

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