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手塚雄二「花月草星展」の光と静寂

日本橋高島屋で5月1日まで開かれている手塚雄二展。職場から近いので、帰りに見に行った。

入り口近くに展示してある大きな絵は「星と月と」。今回の展覧会のタイトルの一部。この絵には、いろいろな点で今回の展示の90年代以降の作品の特徴があった。

暗い画面の右かなり下方に金の三日月。左手中ほどに金の星(金星?)が一つだけ。その他は、ほとんど目立った色を使っていない。近寄って見ると、近景の草むらの葉は、浮き彫りのようにわずかな厚みがつけてあり、色の濃淡と浮かした影の効果で暗い中の遠近感を表現しているようだ。これを見て、昔、白黒写真のフィルムで作った「レリーフ」を連想した(父が写真好きなので、実家に暗室があるのです)。

白黒写真のネガフィルムからポジフィルムをつくり、そのネガとポジを少しずらして重ねて印画紙に焼き付けると、立体的な浮き彫りのような灰色の濃淡の写真ができる。それが写真の「レリーフ」。

手塚さんの作品は実際に絵具の厚みがあるから写真とは違うのだが、控えめなレリーフによる表現を近景に使った作品はかなり多くあった。また、90年代からの作品は「星と月と」にみえるように、「余分な」色をほとんど使わず同系色の濃淡に、「光」をあらわす「金」や「銀」を控えめに加えたものが多い。

展示の半ばほどのところに、作者の履歴。平山郁夫さんの門下で東京芸大卒、現在はその東京芸大の教授で53歳とあった。「サラブレッド」か。なるほど。

なるほど・・というのは、作品の多くに「ひけらかし」を感じなかったから。うまく言えないけれどいろいろな展覧絵で見る絵の中には、「どう?うまいでしょ」とか「すごいだろ、みてみて」とかいう変な主張を感じてしまう絵があったりするが、そういうところが全然ないということ。変な譬えかもしれないが、例えば東京大学を卒業した(人の中でも)本当に頭のいい人の謙虚さみたいな。頭がいいのはみんなわかってるから、見栄を張る必要も虚勢を張る必要もないし、実際はらない、というような。わかりますか。

逆に言うと、地味な作品が多いとも言える。でもそこにこの人のすごさを逆に感じる。

日常のいろいろな場面で、ふと目をうばわれるもの。それは例えば水溜りにきらめく光だったり、朝露の光るクモの糸だったり、苔むした石だったり。でも、それは目でしか捉えることのできない美しさで、写真にとるとつまらない写真になったり、絵にするにもつまらなすぎる画題だったり。

そのものがきれいなわけではなくて、そこに映る光や、空気や、静けさなどを人が感じているからこその、美しさ・・・それが手塚さんには描ける。というより、対象の物や風景そのものより、光や湿気を帯びた空気や静かな中に響く音が、描かれた主体のように思えてくる絵が多い。

好きだった作品は2002年の「創星那智」。

手前の左右の岩肌はレリーフ。崖の上の木々は細かなシルエットになって漆黒の空に続いている。中央には銀の滝。その滝の上はほのかに明るく、しぶきを感じさせる。漆黒の空には星がひろがり、流星が今一つ流れた・・・。

絵の前に立っているだけで、現地にいるような深い静寂に包まれる。こんな夜の風景を一人で見て、滝の音を聞き、しぶきを含んだ夜の空気を嗅ぐ・・なんてことは現実にはありえないから、とても不思議な感覚。来てよかった。

今、本当に油の乗っている(日本画だから「岩絵具ののっている」?)画家だと思う。展示は50枚くらいだったか。東京はもうすぐ終わり、この後京都や大阪などの高島屋をまわる。絵が好きな人には一見の価値。構図の切り取り方は、かなり現代写真的だと思った(実際には現場でスケッチされるらしいですが)。

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