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ホワイトバンドを見て舞の海とラッセルクロウを思う

吉祥寺の啓文堂書店で会計をしながらふと見ると、

レジのところにホワイトバンドがいっぱいあった。

「貧困で子供が死んでます。」

「意思表示をしよう。」

(でもネットの情報によると、日本のは全く寄付になってない)

という、例のあれ。手にとって、袋の中の説明をみたら、はじめから

寄付して役立てるようなことは一言も書いてない。なるほど。

確かに、それをきっかけに、世界の貧困を真剣に考える人が増えるなら

なんの寄付にもなってなくても、意味はあるかもしれないね・・・

子供の小学校でも、ホワイトバンドをしている人が沢山いるそうだ。

有名人とおそろいでおしゃれ。

誰も文句のつけようのない、立派な能書き。

でもなあ、と思って買わなかった。

私の好きな舞の海のホームページのプロフィールに

「受けて忘れず、施して語らず」という色紙の写真があるけれど、

それをモジッて言うと、ホワイトバンドは

「施さずに語る」みたいだし、自分は、はめたくない。

(普段からいろいろやっていて、ホワイトバンドで意思表示をしている人の

善意は疑わないし、ムーブメント自体には意義があるんだろうけど)

今月のテレビタロウに、あのハリウッドのお馬鹿スター・ラッセルクロウが

(注: 私は彼の信じられない馬鹿ぶりも、

俳優としての天才ぶりもひっくるめて、あきれながら好きなんだけど)

オーストラリアの自宅そばの小学生が海でおぼれたと聞いて、その

小学校にプールを作るための20万ドルを寄付したと書いてあった。

クロウは、セレブの「チャリティキャンペーン」を批判して

「人助けがしたいなら然るべきところに小切手を送ればいいだけの話」

と言っているそうだ。

「施して語っている」わけだが、感覚的にはわかりやすい。

もちろん普通の人に20万ドルなんて高額はとても出せないし、

それを貧しい国に送ればもっといいという人もいるかもしれないが、

身近な、実効力のあることをしているという点で、よほど具体的で人間的だ。

マザーテレサも同じようなことを言っていなかったっけ。

世界の貧しさとか、不幸とか、戦乱とかを見て、

また、以前、アフリカ救済の掛声で集まった巨額のお金が

本当に短期間にただ消費され、長期的には解決にはならなかったのを見ると、

個人ができることのなさに、ただ呆然とする。

グリーンマイルの死刑囚みたいに、ただ絶望する。

私は毎年末5000円ずつユニセフに寄付している。でも、それだって

大きい目でみたら、300円のホワイトバンドと同じくらい全く「無意味」だ。

自分が辛いから、少しでもいいことをしたような気持ちになりたいだけ。

体をはって何かをすることはできず、自分の幸せは守りたいから

少し節約すれば済むお金をだしているだけ。

家族以外には話したことがない。

「無意味」な自己欺瞞だとわかっているから。

金銭で解決できるのは、

政治的に安定した地域の人に対する、

目に見える支援の場合だけだ。

貧困国の問題はもっと政治的なことだ。だから、決して金銭だけでは解決しない。

いくら、ただお金を集めてもだめなんだよ。

これから社会に出る若い人が、

それがわかっていて、寄付にはならないホワイトバンドを買って腕にまき、

自分自身で何かしよう、という決意を示しているなら、

それはすごくいいことだと思う。

でも、私にそんな決意はできない。

キャンペーンをやってるNPOの活動が、

ユニセフ以上に信頼できると思うわけでもない。

だから私はホワイトバンドを買う気持ちにはなれない。

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